宇宙物理学の研究者が、仲間とともにAI事業に挑む理由
2018年に誕生したギャラクシーズは、AI(人工知能)やデータサイエンスの知見を武器に、工場や小売店向けのプロダクト開発、企業への技術的なコンサルティングを行うスタートアップ企業。メンバーの多くが物理学の博士号をもつ異色の集団だ。2019年にテックファームグループに加わり、AI領域における新たなソリューション開発を担う。なぜ、AI技術に注目したのか、テックファームグループ各社との連携で、どのような事業を構想しているのか。代表取締役社長を務める内山泰伸に聞きました。
学者に憧れた高校生が、138億年の謎に迫る宇宙物理学の道へ
高校生の頃から数学と物理が好きで、高校生向けの数学雑誌が主催する学力コンテストで腕試しをしていました。結果も残せていたし、4~5時間かけて解く難題も苦にならなかったので、研究者が向いているのかもしれないと感じましたね。通っていたのはいわゆる進学校で、「東京大学に合格したい」というよりも、東大に入った後に何をするかを盛んに語り合うような校風でした。そんな中で、寺田寅彦、朝永振一郎、リチャード・ファインマンなど、偉大な物理学者の著書を読み漁り、バンドマンがロックスターに憧れるように、自然に物理学者に憧れるようになりました。
東京大学で博士号を取得してからは、宇宙物理学一筋でした。宇宙物理学にはさまざまなテーマがありますが、私は「高エネルギー天文学」という、ブラックホールなどの高いエネルギーをもった現象を研究する分野に携わっています。この分野の魅力は、解明されていない謎に満ちあふれた領域に取り組めること。宇宙は人類共通の謎なので、世界中の研究者たちと切磋琢磨できるところも、私にとっては大きな魅力でした。
AIは人類の未来を変える。起業するなら今しかない
長らく研究畑を歩んできた私が起業したきっかけは、2013年頃に起きたと言われる、いわゆるAI革命です。花開きはじめていたディープラーニング技術に触れ、「人類の未来を左右するような、大きな変化が生まれる」と確信しました。自分の専門領域が何であれ、すぐにでも取り組むべき重要な技術だと感じたのです。若い研究者たちにビジョンを話すと、みなすぐにポテンシャルを理解し、事業に参加してくれました。
宇宙物理学とAI技術は、もともと相性が悪いわけではありません。宇宙物理学でも活用する画像処理や分析にもAI技術はそのまま役立ちます。大量のデータに対するパターン認識やモデルの最適化などは両分野に共通しています。まったく別の領域にチャレンジしているというよりは、研究者として培ってきた知見や技能を、そのままAIの分野に応用しているイメージです。
とはいえ、事業の経験はほとんどなかったので、創業当初は苦労が絶えませんでした。大企業からAIの研究開発やコンサルを受託していたものの、事業のノウハウの乏しさや、スケールさせることの難しさに直面する日々。そんな中、テックファームグループに加わることで、IT分野の知見や受託事業の豊富な経験をシェアできたことは、私たちにとって資金面以上に大きなプラスでした。
AIを活用した3D空間技術に挑戦
いま、私たちが最も可能性を感じている分野が、VRや3DCGといったバーチャル技術です。ECサイトでの商品紹介から災害時の被害予測まで、さまざまな分野に活用され、未来の基礎技術になることが期待されています。とはいえ、こうした技術が社会に広く普及するためには、大幅なコストダウンや、リアリティの向上が欠かせません。「普及」のためのアップデートを進めつつ、VRによる社会活動を実現する「ソーシャル VR」をAI活用によって革新することに挑戦しています。
たとえば、2020年10月にリリースした、3Dモデル生成・共有サービス。手軽に3Dモデルを生成し、それをWebサイトやMR(複合現実)デバイスなどで表示・共有できるサービスです。これをアパレルECサイトで活用すると、それまでに1着10万円ほどかかっていたファッションアイテムの3D化が1万円程度でできるようになり、3Dでの商品紹介が一気に実用に近付きます。
ソーシャルVRの革新を目指して、3Dモデルで特定の事物を再現するだけでなく、現実世界のような空間そのものを再現し、そのなかで私たちが活動を行えるようになる技術の開発に力を入れて取り組んでいます。たとえば、バーチャル空間に再現された教室で、教員や学生がリアルなアバターを介して授業に参加する「VR Classroom」。従来のオンライン授業では、現実世界にあるような“一緒に学んでいる”という感覚が乏しいのが欠点でした。しかし「VR Classroom」では、アバターを用いて同じ空間を共有することで、その実感が担保されます。さらには従来の紙や写真、動画といった2Dの授業資料のみでなく、説明したい事物を3Dモデルで表現できるようになるので、授業の質は飛躍的に高まるでしょう。
こうしたバーチャル空間活用の新展開のための要素技術は揃いつつありますが、それらをシステムとして統合することが今後必要です。また、3D空間における認識技術、モデル生成技術には、未踏の領域が拡がっています。新しいモノ・コトを創出することに大きな価値があるという信念で、新技術の開発に取り組んでいます。
研究者が活躍できる社会へ。小さな企業だからこそできること
私が起業したのには、もう一つ大きな理由があります。それは、新しい時代の科学者像を打ち出すこと。今、日本の研究者たちは大きな危機を迎えています。大学という教育機関が徐々にシュリンクし、大学教員としてキャリアを築くことが難しくなっているのです。しかしながら、研究者は大学教員以外の進路を選びにくく、将来のビジョンが描きづらい。そのため、博士課程に進む若者が大幅に減少し、国としても危機的な状況にあります。
大学院生向けの補助金制度など、政府もさまざまな施策を打ち出してはいますが、課題の本質はそれだけでは解決しません。将来の選択肢を増やし、安心して研究に打ち込める環境を作ることが何よりも大切。たとえば、当社では大学や研究所の研究者が二足の草鞋を履き、副業として会社に勤務することも普通です。当社のような企業が増えれば、研究者のキャリアを広げられると信じています。
私は、「人間万事塞翁が馬」という言葉が好きです。過去に最悪だと思ったことが、振り返ると人生のプラスになっている。そんな経験がたくさんあると実感しています。我々のようなスタートアップは業績の波が大きくならざるを得ないし、今後もさまざまな試練が訪れるでしょう。昨年は、新型コロナウイルスの感染拡大によって大口の顧客が大打撃を受け、当社もその影響を受けました。しかしながら、コロナ禍こそ我々の技術を活かせるチャンスがあるはず。逆風を追い風にして、前に進んでいければと思います。
内山泰伸
1974年、東京生まれ。2003年、東京大学で博士号(理学)を取得。その後、イェール大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、スタンフォード大学などで宇宙物理学の研究活動に従事。日本天文学会第21回研究奨励賞、公益財団法人宇宙科学振興会第5回宇宙科学奨励賞などの受賞歴を持つ。2013年に立教大学理学部物理学科に着任し、高エネルギー天文学の研究室を主宰。現在は日本初のAIに特化した大学院である「人工知能科学研究科」の教授も務める。